ほんの少しばかり時間は遡る。その頃も空は雲一つ無い空で晴れていた。
だがその下では、既に殺人を犯す決意をした森垣英二(男子11番)が大手を振って闊歩している。有力な政治家であるはずの伯父に対して悪態をついた。今まで何度も「お世話」になり、その権力をよく知っていただけに、プログラムになんか巻き込まれないと高をくくっていた。しかしそれがたったの1日で裏切られたのだ。
彼の手に握られているのはコルト社のキングコブラというリボルバーだ。357マグナム弾を6発装弾できる。6インチバレルで反動は減少、命中率はアップ! これらの文句は付属説明書の受け売りだ。
むしろ彼はプログラムに「乗る」つもりだった。殺されたくないなら、相手を殺すしかない――このプログラムを動かす原理の前では、いつも大人には反抗的な彼も簡単に従ったのだ。おまけに10人殺せばこのゲームから早々と去ることができるというし、政府による生涯の生活保障も魅力的だった。
(さっさと10人殺しちまえばいいと。やってやるぜ)
「英二!」
数メートル離れた茂みから突然呼びかけられ、驚いた英二は声のした方に銃を向けた。
「ちょっ……ちょっとタンマ、こっち向けるなよ~!」
草むらの中で男子が叫んだ。いつも英二のグループに引っついていた松本祐太(男子10番)だった。頭には戦争映画で見かけるような軍用のヘルメットをかぶり、両手を上げた状態で腰を抜かしている。
「俺はやる気じゃないって! 英二、撃たないでくれよ!」
対して英二の方はというと――引き金を引くか引かないか、腹の内で算段していた。長い付き合いではあるし、確かに信用はできるかもしれないけれども、体力がない。役立たずはいらない。
(悪いが1人目はお前だな。祐太)
そう結論づけると、英二はリボルバーを祐太の頭に向けた。
「お、おい! ちょっと待ってくれぇっ!」
「お前なんか死ねよ」
両手で構えて引き金を引く。激しい発射音と共に反動が英二の手に伝わる。
しかし次に英二が見た物は、四つん這いでなおかつふらつきながらも逃げ出そうとする祐太の姿だった。
(なんで生きてやがる? 銃で確かに撃って当たったんだぞ!)
しかし、その間に祐太は頭を抑えながら立ち上がり、凄いスピードで走り出していた。慌てて銃口を祐太に向け直す。
次々と銃声と炎と共にマグナム弾がリボルバーから発射される。木と木の間を走っていた祐太の体は一瞬反り返り、そのまま後からやってきた銃弾によって不自然な動きを見せた後、うつ伏せに倒れるのが見えた。
「うっし!」
英二はしゃがみこんで祐太の支給品のヘルメットを確認した。頭にマグナム弾を弾いた跡があった。それをだけ外して自分で被ると、スピーカーの電源が入る音がした。
「こんにちは。担当官の羽原です。まだ全員出発していないですが、早くも死者が出ました。男子10番・松本祐太君です。残り人数は21人となりました。皆さん頑張ってください」
(後、9人で俺はプログラムから出られるんだな)
しばらくして。
英二は人の気配に気づき素早く振り返った。20メートルほど離れた所に吉崎和人(男子12番)が立ち尽くしていた。上着を脱ぎ捨てて、カッターシャツとネクタイ姿の彼の両手にはショットガンが握られている。ウィンチェスター社のM1300ブラックシャドウ。その銃口は英二に向けられており、引き金には手がかかっている。
「……森垣、松本を殺したのかよ」
「……はぁ?」
ショットガンにはたじろいだものの、相手はあの吉崎。一瞬とはいえ怯えさせられた自分が馬鹿らしかった。同時になんだか妙に堂々していることに苛立ってきた。
「これプログラムなんだろ。殺すのは当たり前じゃねーか。てめぇ文句あんのかよ!?」
「……森垣はクラスメイトでさえ簡単に殺しちまうんだな。……もう容赦しねぇっ!」
咆哮。吉崎は銃口など無視して森垣を睨みつけ、ショットガンをぶっ放した。先ほどのリボルバーの発射音など話にならない銃声が響き渡り、散弾があたりにぶちまけられる。
突然撃ってこられた森垣は、両手で頭を抱えつつ草むらへほうほうの体で転がりこむ。
(ブチ切れやがった!クソっ!)
流石にこれだけの威力を見せつけられては闘う気も失せた。転がった時に落としたリボルバーを広い上げつつ、立ち上がって森の中へと逃げ出す。
「おらおらおら、ぶち殺しちまうぞぉっ!?」
吉崎はショットガンのフォアエンドを素早く前後させて装填すると、今までクラスメイトの誰も聞いたことのないような口調で叫びつつ、誰も見たことのないような残虐な笑みを浮かべて追いかける。いじめられっ子とはいえ陸上部。ショットガンの重さはあるものの英二よりまだ早い。
全速力で走る英二は背後に迫る殺意に焦りを覚え、吉崎の方へ振り向きざまにリボルバーのトリガーを思いきり引く。しかしリボルバーからは弾が発射されなかった。空しく撃鉄が鳴っただけだ。祐太に全弾撃ってしまって弾切れだった。
英二はその隙を見逃さず走る足を緩め、慌てて制服ズボンのポケットに突っ込んである弾に手を伸ばす。
手がポケットから出るか出ないかのところで、凄まじい銃声が木々の間を駆け巡った。かなり下方から上へと打ち上げるような弾道で散弾がばら撒かれる。
「ぐぁっ! っ……っ!」
思わず呻いてしゃがみこむ。左肩のあたりに例えることのできないほどの強烈な痛みと熱さを感じた。頭も鈍器で殴られたように痛む。
「畜……生っ……!」
このままでは吉崎に殺されると分かっていたから、英二はなんとか体を起こし、弾切れになったリボルバーに弾を込め直す。なんとか全弾入れたところで、英二の方はというと意識せずして数メートル離れた茂みで誰かが潜んでいる気配がした。
「……死ねや、このクソがぁっ!」
素早く右手にリボルバーを持ち直して躊躇なく連続で撃った。吉崎は慌てて茂みから飛び出し遠くへと飛び退いていく。英二はさらに撃とうと狙いを定めたが、伏せた体勢の吉崎がショットガンの銃口を突き出してきたのを見て我に返った。
(くそっ……やべぇっ!)
本能的な恐怖に包み込まれた英二はリボルバーだけ吉崎に向けて無茶苦茶に乱射しながら逃げ出す。すぐに弾切れになるが既に大分距離が離れており、吉崎が追ってくる様子はない。
英二は再び襲ってきた左肩の激痛に顔を歪めつつ、こんな目に会わされた事に対して深く憎悪の炎を燃やしていた。そして今朝、吉崎をボコっていた時に乱入してきた奴――確か冬月直樹(男子9番)と言っただろうか――のこともふっと思い出した。
今日は何か調子が狂っている。予想外のことが起こりすぎている。英二の憎悪はさらに焚きつけられた。
少し走ると左手に大きな建物が見えてきた。市民会館エリアだろうか。一目散に森を抜け出してロータリーを通って正面玄関へと走る。自動ドアがゆっくりと開いたのを見て、建物の中に倒れこむように飛び込む。
「ぐぅっ……クソ……クソっ……」
うつ伏せに手をつきつつ倒れこんだ英二は息を整えて、クラスメイトへの強烈な殺意を呪詛のように吐き出す。
「……ふざけんじゃねぇぞっ……後でぶち殺してやる……あのクソ野郎共、皆殺しだ!」
ひんやりしたフローリングの床が森垣の頬を冷やす。それでも怒りは到底収まらず、血に染まった手で握られたリボルバーをギラついた目で睨みつけた。