「えっ!」
「何だよあれ?」
「こんなところに何で兵隊がいるんだ!?」
教室のざわめき声が大きくなる。兵士がどんどん近づいてくるのに焦った真が小畑裕司(男子3番)の肩を叩く。
「裕司! 早く教室入らないとまずそうだよ!」
裕司はやっと我にかえって教室に慌てて入る。教室には既に23人の生徒がいた。いないのは北康太郎(男子5番)だけだ。北は中学1年の時から出席日数がギリギリの状況なことで有名だったので、いなくても誰も気にしないのだが。
男はしびれを切らした様子で懐から黒い物体を取り出した。そしてそれをベランダ側の窓に向けた。激しい発射音が周りの人間の鼓膜を震わせ、火花が飛び散る。紛れもなく本物の拳銃だった。
「うぉっ!?」
「きゃーっ!」
銃声から少し遅れて男女の区別なく、ほぼ全員の悲鳴が上がった。窓には穴が空き、ヒビが一面中に広がっていた。
「撃たれたくないなら、自分の席に座ってくれ」
淡々と言われたその台詞は、下手に怒鳴り散らすより説得力があった。クラスの全員が慌てて自分の席に座る。
まず最初に目がいった冬月直樹(男子9番)はというと軽くうつむいて考え事をしていた。それとは対照的に後藤大輝(男子7番)は顔をまっすぐ上げ、無表情で男を見つめている。
さらに女子の方を見てみる。ほとんど怯えていたり不安がっている様子だったが、2人ほど裕司の目を引いた。まず三谷香奈子(女子9番)。普段の可愛らしい性格を見慣れている裕司は相当怯えているだろうと想像していたが、意外なほど落ち着いていた。……いや、むしろ今の彼女からは「怒り」が感じられた。今まで見たこともないくらい鋭い目線は政府からの使いの男へと注がれている。
もう一人は横見理沙(女子10番)。普段から捉えどころのない性格をしているのだが、こんな時にまで落ち着いているのには裕司も驚かされた。周りの様子や拳銃に気にする様子もなく、呑気にポケットからガムを取り出して食べ始めたのには、驚きを通り越して目眩さえ感じる。
「皆、聞いてくれ」
里山先生が生徒達に声をかけたので、裕司は教卓へと視線を戻した。
「皆は、1998年度第1号の『プログラム』に参加することが決まったんだ」
衝撃的な事実を告げられても教室は静かなままだった。
「去年の生徒脱走事件……お前達も知っているだろうが、あの事件の後、プログラムは停止されていた。脱走防止の研究のためにな。だが新しいプログラムの実施案がまとまり、今年度から復活することになった。そして記念すべき第1号にお前達が参加することになったんだ」
よく通る声で生徒を諭すかのように淡々と喋った男は、急に落ち着いた声に変わって、生徒達に死の宣告をした。穏やかだが、ひどく残酷で、冷酷な宣告。
「今日はみなさんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます」
プログラム。それは、この国――大東亜共和国が誇る最凶最悪の殺人ゲームだ。正式名称は「共和国戦闘実験第68番プログラム」。その内容は中学3年生を対象に年間50クラスを全国から無作為に選び、武器を与えて殺し合わせるというもの。最後に生きて家に帰れるのはたった1人だけという軍事実験だ。
しかし今から1年前、ついにこのゲームから脱出した中学生が現れた。七原秋也(香川県城岩町立城岩中学校3年B組男子15番)と中川典子(女子15番)。この2人は指名手配となり、大々的に政府への情報提供を呼びかけるキャンペーンが行われていたのは記憶に新しい。
不意に誰かが立ちあがった。
「あの!質問っスけど!」
引きつった笑みを浮かべた男子――川上寛志(男子4番)が立ち上がった。
「北ってどうなるんですか? まだ来てませんけど……それでもプログラムってやるんですか?」
「北についてはこちらが車で会場まで連れてくる。そこで合流予定だ」
「あ、はい……」
あっさりと答えられ川上は席に座った。触発された裕司は時間稼ぎを兼ねて手を上げてみた。
「はい、先生!質問、質問!」
「小畑だったか。なんだ?」
「えっとですねー、えーと……去年の事件からまだ1年も経ってないじゃないですか。いくらなんでも再開するのが早すぎやしないですか?」
「……絶対に脱走させないような体制が整ったから再開した。それだけだ」
その返事を聞いて前の方に座っている冬月直樹(男子9番)が一層表情を険しくさせたのが見える。
「先生、わたしも質問いいですか?」
今度は三谷香奈子(女子9番)だった。彼女は周りの視線や男の拳銃に臆することもなく立ちあがった。
「プログラムに参加する話って家族に連絡っていってるんですか?」
「ああ。既に担当の者が全国各地で各家庭を回っている頃だろうな。……そういえば君は確か三谷さんだったな。お兄さんの件は残念だった」
兄のことについて触れた瞬間、彼女の表情に暗い影が差し、やや俯いたように見えた。しかし何を言うわけでもなく、黙って着席した。
「よし、全員バス乗り場に行ってもらう。既に軍の用意したバスが待っているから、それで試合会場まで移動だ。あと手荷物はここに置いていけ」
3年8組の生徒達は立ち上がり、先に歩く里山先生の後を列に並んで仕方なくついて行く。泣きだしそうな顔の者。覚悟を決めた顔の者。不安気な表情な者。中にはまだ実感が湧かず、むにゃむにゃとガムを噛んでいる者もいる。
バスを前にして列はいったん止まった。特に迷彩柄がほどこされているとか、窓に金網が張っているとかそういうことはなく、ごくごく普通の観光バスだ。
「席は適当に座ってくれ」
生徒達は次々とバスに乗り込んでいく。裕司もまた乗りこもうとすると、前に立っていた山本友香(女子11番)の足取りが急に止まった。少し肩が震えているようにも見える。
彼女は有名な子役なのだ。10歳の時にオーディションで採用されホームコメディのテレビドラマに出演、雑誌のモデルや大手企業のCMにも出演を果たし、ついには映画まで辿りついた。彼女にとって役者業とは単なる仕事ではなく、存在理由そのものだった。それほど熱を入れられる生きがいがあるっていいよな、と裕司は以前から羨ましく思っていた。
「立ち止まるな!」
バスの入り口の傍らで立っていた兵士が鋭く言い放つ。担当官は無表情で恐ろしいことをさらりと言うと、懐から再び拳銃を取り出して彼女の頭に突きつけた。……が、急に力が抜けた。彼女は急にバスのステップを上り出した。
裕司はバスの前の方の座席に蒼白な顔の大村真(男子2番)を見つけた。
「真、ここ座っていいか?」
「あ、ああっ!もちろんいいよ!」
真という親友が同じクラスになってくれて本当に良かった、と心の底から思いながら裕司は座席へと腰を降ろした。
気になるものを視界の片隅に見つけた。顔をそちらへ向ける。1人の女子が俯いていた。少しだけだったが震えているようだった。両親が暴力団関係者なことで校内では有名な竹下恵(女子7番)だ。
「竹下」
怯えきっている様子に見ていられなくなった裕司は、人の流れが切れたタイミングを見計らって小さな声で呼びかけた。不安で揺れる瞳を見据えながら、裕司は落ち着かせるために思い切って言った。
「俺達はプログラムから脱出するつもりなんだ。向こうで会えて、もし良かったら手伝ってくれ」
「えっ!?……う、うん……」
唐突な申し出に彼女は驚いた様子だったが、勢いに押されたか小さく頷いた。彼女の震えも若干収まったように見える。
隣に座る真はさっきの裕司の発言に興奮した様子ながらも、小さな声で喋りかけてきた。
「やっぱ裕司、脱出するつもりなんだ!俺も手伝わせてくれないかな?」
「もちろん!俺が断るわけないだろ?」
裕司は快諾すると言葉もなく片手を差し出す。真も阿吽の呼吸で片手を差し出し、お互いがっちり握手をする。
「殺し合いなんかせずに済むよう、頑張ろうな!」
全ては始まっていた。もう誰にも止められない、限りない絶望との戦いの始まりだった。選手を乗せたバスは学園の敷地を出て、戦いの地――「大東亜戦闘実験場」へと向かっていく。