「あまり良くない出だしだな」
資料を纏めながら羽原一郎(プログラム担当官)は呟いた。思っていたより反抗的な生徒の数が多い。つい一ヶ月ほど前に行われた新仕様での試験でも多かったとは聞くがここまでとは。脱走派の生徒が半数を超えるようなプログラムなどこれまでほとんど無く、彼も体験したことが無い。羽原は戸惑いを覚えた。
「小畑裕司(男子3番)等、脱走を企てている者が多いようですが、監視を続けますか?」
会場地図と全生徒の現在位置が表示されたモニターを食い入るように見つめる上司に、隣に座って同じように見つめていた渡辺武則(プログラム担当官補佐)が話しかけた。
「続けてくれ。ただ今のうちに集団単位で首輪を爆破できるようにしろ」
最後のは部屋中に聞こえるように言う。即座にキーボードが叩かれ、小畑達と新山達のチームが一括爆破できるよう設定された。
「やはり違和感があるな」
羽原は渡辺に意見を求めた。
「前の事件の影響で生徒達は歯向かう気満々だっていうのに、我々はギリギリまで殺すのを控えなければなりませんからね。正直なところ、歯痒いです」
(ストレスが溜まってミスに繋がらなければいいのだが)
羽原はそう思いながら、急に鳴りだした電話の方へ振り返った。
「羽原君か?」
聞き慣れた声。自分の上司に当たる佐藤信輝の低い声。
「状況はどうだ?こっちでは上の方がピリピリしている」
「やはり反抗的な生徒が多く、警戒を強めているところです」
「そうか。君も知ってる通り新仕様としては今回が初めてだ。そして、この国でも特に優秀なクラスによる最終テストも兼ねている。くれぐれも脱走などさせないようにな」
言外に色んな物を含んだ言葉を、羽原は重く受け取る。
「分かりました」
一瞬の沈黙の後、返したのはその一言だった。
羽原は考え込んだ。それから担当官用に用意された机の引き出しから生徒の個人資料の束を取り出し、3人分を引き抜いて眺める。
(このクラスは実に優秀だ。誰が優勝してもおかしくないが……)
そう考えつつもまず最初に眺めたのは冬月直樹(男子9番)の資料。今年の春になって大阪に引っ越してきて、超名門の関西追手陵中学校に編入した秀才であることや、両親がプログラム優勝者であることは既にチェック済みだ。
「羽原担当官も冬月が気になりますか」
渡辺は興味ありげに声をかけた。
「ああ。最初は後藤大輝(男子7番)を優勝候補の筆頭として考えていたが、冬月は意外とやるかもしれん。教室では森垣英二(男子11番)を軽く倒してたからな。何かしらの格闘技経験はあるだろう」
「えっ。あの様子からは想像付きませんが……。資料を見る限りでは、両親に溺愛されてる秀才のおぼっちゃんかと思っていました」
「私もそうだ。やはり実際見てみないと分からないものだな」
頷いて同意する。プログラムの資料など、所詮は表面に出るような事柄の羅列にしかすぎない。極限状態においては人の「素」が出てくるものであることを、彼は嫌というほど見てきた。
「冬月はあんまり注目されてませんでしたからね。勝ったら、そこそこ大きいですよね」
そう言いつつ羽原の表情を伺った渡辺は、地雷を踏みつけた心地になった。明らかに不機嫌だったからだ。
「くだらない話は出来るだけ止めてくれ。本来なら将来を背負うべき若者が国のために命を捧げているというのに、役人共は……」
トトカルチョ。政府のごく一部の役人が主導して行っているお遊びのギャンブル。プログラムの優勝者を当てるそれは、以前から慣習として行われており、純粋な愛国主義者で知られている羽原は毛嫌いしていた。
「すみません」
渡辺は気まずくなって謝った。
ちらりと渡辺に視線を向けた後、無言で他の生徒の資料を見始める。今度は優勝候補の最右翼、後藤大輝の書類だ。
(彼は非常に変わっている)
羽原は後藤の奇妙な経歴を眺めて、つくづく驚きを隠せなかった。経歴から伺える後藤の才能は天才的としか言いようがなく、道を外れて3年ほどブランクがあるにしてもあの様子を見る限りまだ頭一つ飛びぬけている。やる気になれば優勝もそう難しくはあるまい。
だが後藤は今のところやる気になっていない。それが羽原の理解できないところであった。
気になることはまだある。そもそも後藤は何故同じ道を歩まなかったのか。そして何故道を外れるという選択肢を「持てた」のか。疑問は尽きない。
3つ目の書類を眺める。視線の先にあるのはいかにもお嬢様といった雰囲気を漂わせた伊吹彩花(女子4番)の顔。彼女に関しては成績優秀ということ以外には特に際立った点がなく、羽原も優勝候補だとは思っていなかった。
だが彼女の顔にほんの少しだけ既視感を感じるのだ。嫌な予感がする。ただの妄想だと切って捨てるのは簡単だが、肯定できる要素もまた、確かに存在していた。
羽原はもう一度彼女の写真をよく見た。その視線には自身の妄想……いや想像を否定してほしいという願いが、ほんの少しだけ混じっている。だが穏やかな笑顔の彼女は、彼に明確な答えを与えてくれなかった。