冬月直樹(男子9番)は後藤大輝(男子7番)と分かれた後、ショッピングセンターエリアを離れ、脱出作戦のためのベースキャンプを作るべく学校エリアにいた。何故学校なのかと言うと、教室がたくさんあり人や物を隠しやすいからだ。なおかつ1階であれば脱出ルートが廊下側と裏口で大抵2箇所ある。
直樹は結局後藤と同じく山のように物が詰まったデイパックを担ぎ、慎重に辺りを伺いながら目的地である校長室の扉に手をかける。引き戸だったので少しだけ横にスライドさせて中を覗き込む。誰もいない。
そっと中に入ると、音を立てないように慎重に戸を閉じる。もう片方の手は拳銃の引き金にかかったままだ。
「……ふぅー」
誰もいない。一端ため息をつくと、重い荷物を放り出して直樹は応接用のソファに腰を下ろす。
(ここでいいな)
予想通り、脱出組のベースキャンプとしては申し分ない場所だと思った。この学校の校長室は、1階の端にあるため陰が薄く目立たないながらも、入口が廊下側・隣の職員室との直通・隣接する裏庭側と3つもあるという素晴らしい場所だった。
カーテンが開きっぱなしなことに気づいて窓に近づく。目と鼻の先にプールがあって、その合間に小さな裏庭があった。それを眺めつつ裏庭へと繋がる扉の鍵を閉め、カーテンもさっさと閉じた。
さらに職員室側の扉の鍵も閉めると校長室は完全な密室となり、直樹はソファに仰向けで寝っころがり脱出案を考え始めた。
(さて、どうしたもんだか……)
直樹は心の中で呟いた。新しいプログラムについては彼でさえほとんど情報を持っていない。また通学用の鞄には、いつプログラムに巻き込まれてもいい様にサバイバルキットやら脱出のための道具やらが入っていたのだが、今回からは手荷物の持込は禁止になってしまったようで学校に置いてくるしかなかった。
とはいえショッピングセンターなんてものがあったお陰である程度鞄に入っていたものは補完できたし、何とか制服に隠して持ち込んだ物もある。旗色が悪いことに違いはないが、最悪ではない。
……不意に校長室のドアがノックされた。直樹は咄嗟にソファから跳ね起きると、素早く傍に置いてあったリボルバーを掴み、壁際に飛びつく。低く強く叫ぶ。
「誰だっ!」
「ひっ……」
息を呑んだのが扉越しに伝わってくる。僅かな声だが女の子のように直樹は感じた。
(やる気じゃないみたいだし、やっぱり声ぐらいはかけとくか……逃げるぐらいだったら銃も無いだろ)
そう考えた直樹はそっと扉に近寄って開けると、リボルバー片手に廊下を覗いた。ポニーテールの女の子が後ずさりして立ち去ろうとしている。
「っ!」
「うっ!」
思わずお互い呻く。彼女は銃を持った見知らぬ男子が出てきたことに。直樹は彼女がいやに口径の大きな銃を構えていたことに。
(何が銃も無いだろ……だ。思いっきり持ってるじゃないか……)
「えっと……信用できないかもしれないけど、俺はやる気じゃないから!」
完全に扉の陰に隠れた状態で直樹は口を開いた。なるべく明るい口調で話しかける。
「確か……転校生の冬月君ですよね?」
「うん、そうだけど……えー……」
直樹は彼女を何と呼べばいいのか分からず詰まってしまった。
「あ、私の名前とか、まだ知らないですよね。一條早紀です。女子3番の」
名前が分からず困ってるのを察したか、彼女は自ら名乗ってくれた。
「なんでここが?」
「実はさっきまで隣の棟の3階の教室に隠れていたんですけど、窓際で様子を伺っていたら、ここに入っていくのが見えて……」
「ああ、そっか」
納得いった様子で直樹は頷いた。
(って、それなら今も危ないよな)
廊下で少し距離を置いて話している状況というのは今も変わらない。2人もいる分、もし他に学校に潜んでいる者からすれば余計に発見しやすいだろう。
「えっと、それでわざわざここまで接近して話してるってことは、やる気は無いんだよね。だったら、とりあえず入らないか? 今も誰かから見られてるかもしれないし」
誘うには早すぎるとは思ったが、直樹は思い切って銃を地面に置いて身を廊下に乗り出した。空の両手を見せて、害意は無いことをアピールする。
「えっと……」
ほとんど見知らぬクラスメイトから誘われて早紀は逡巡しているようだった。直樹は焦りすぎたかと諦めかけた瞬間、早紀が向けていた銃口が下がった。
「それじゃお邪魔しますね? 私も聞きたいことがあるので……」
「……あ、ああ。どうぞどうぞ。ソファもあるし適当に座って」
ソファに向かい合って座った後、直樹は口を開いた。
「しかし勇気あるなぁ……。部屋に連れ込んで一條さんのこと殺すかもしれないのに」
「どうしても会いたい人がいるんです」
早紀が願いを口にした。
「そっか。スタートしてから一條さん以外にほとんど会ってないから、手助けになるのか分からないけど……で、誰?」
なんとなく男の予感がした。
「後藤君って知ってますか?」
思わず10センチほど真上に飛び上がった。
「え、後藤?さっき会ったけど……」
「本当ですかっ?」
早紀もまさか直樹が既に会っているとは思いもよらず驚き、真剣な目で彼を見つめた。
直樹はなるべく後藤に対して感じた「危うさ」を伝えないよう主観を除いて喋った。
「あ、うん。今から30分かもう少し前にショッピングセンターの地下にあるスーパーで会ったんだ。向こうも食べ物とかを取りに来てて。ちょっと話はしたんだけど、松本が死んだっていう放送が流れたのを聞いて探しに行っちゃった」
「松本君の仇を討ちに……?」
「それは多分違うと思う。一体何しに行ったのか見当もつかないよ。やる気じゃないとは思う、んだけど……」
彼女は直樹が自分に対して気遣いをしていることに気づき、少し笑って言った。
「遠慮しなくてもいいですよ」
「んー。じゃあ言うけど……後藤は怖い。小畑から後藤の凄さを散々聞かされてるし、何やり出すか分からない部分」
「それは何となく分かります」
「だ」
「えっと……告白というか……もう後藤君とは付き合ってるんです」
「えーーっ!」
直樹はソファごとひっくり返りそうになりながら、思わず大声を叫んでいた。まさか、もう告白していて上に付き合っていたとは。
「……ごめん」
「いいんです。多分他の子に言っても皆、同じような反応すると思いますし……」
「私もそれでいいと思います」
「それじゃ行こう」
そして2人は立ち上がる。
こうして奇妙な組み合わせの男女が行動を共にすることになった。