6月のある雨の日の深夜。24時間開いている日本ブロック寮の食堂にはほとんど人がいない。約200名が同時に食事できるという広いスペースにぽつんぽつんと見かけられる程度だ。
そういう中で3人のグループというのは目立つ。男子が2人と女子が1人。文武両道な優等生・高畑浩介。剣の腕と銀髪と人柄で有名すぎる笠井憂作。大人しく、3人の中では陰の薄いが、運動能力の高さが知られている木本明菜。
いつも3人は一緒だった――彼等は小1という普通より極めて早い段階で「目覚め」て、天上にやってきた。親から離され不安な中での新生活。周りは生まれた時から魔法が当たり前だった天上人ばかりで、彼等とは違う人種である。そんな環境で培われた3人の仲はとてつもなく深い。
「うぅ。疲れたなぁ……」
浩介はテーブルにぐったりと倒れ臥しつつ呻き声を発した。
「何かあった?」
箸を止めて、明菜は浩介のことをちらっと見ながら尋ねる。彼女の前にはミニサイズの親子丼が置かれている。
「サッカーの方はいつも通りだけど、夜練がハードすぎる。あんなのやらせる先生達は人間じゃないな」
浩介はサッカークラブ「ファーイースト」にも入ってる上に夜練までこなすというハードな生活を送っているが、今日はことさら厳しかったらしい。テーブルに頭を預けながら愚痴るその姿に、生気は無い。
「浩介」
聞き慣れた冷ややかな声に視線を上げる。見慣れた顔とトレイが2つあった。憂作は片方のトレイを浩介の前に置くと、自らも椅子に腰を降ろす。彼のトレイには、晩飯を食べ損ねたのかしっかりとした和食セットが鎮座していた。
「ああ、ありがとう」
やっとのことで顔を上げて礼を言う。そして憂作が持ってきた冷やしうどんに箸をつける。浩介の好物だ。食べ始めると、明菜は憂作にも尋ねる。
「憂作はどうだったの?」
「大したことはやってない」
即答する彼に、2人は顔を見合わせる。彼だけが楽だったはずがない。彼等の言う夜練――夜間特別軍事訓練は選抜された生徒の更なる育成を計るものだが、当然ながら過酷極まり、具体的な訓練内容の口外も禁止されているほどだ。また各自でメニューが違うため、内容については基本的に教官と生徒自身しか知らない。
「……明菜はどう?」
今度は浩介が話を振る。手には箸が握られたままだ。
「私は語学の授業だったから、そこまできつくはなかったよ」
いつも彼女は今日の内容を伝えてきた。浩介はその返事を聞いて、良心の咎めと奇妙な安堵感を感じる。彼の知る限りだとこの頃はマシなようだ。
「そっか。ところでさ、2人とも今度の日曜空いてる?」
ふと浩介は憂作に視線をやりながら尋ねた。憂作の前にあった料理は大分減っており、コップに入ったお茶を飲んでいた。
「俺は空いてるが」
彼はぼそりと呟く。続いて明菜の声も耳に飛び込んでくる。
「私も空いてるよ。何かあるの?」
浩介は箸を置いて、背もたれに体重をかける。頭の後ろで手を組む。穏やかに笑う。
「うん。久し振りに3人でデン・オムジークでも行こうかなぁと思って」
ふっと場の空気が軽くなった。3人でどこかに行くということも最近ではなかなか出来なかったので。デン・オムジークはこのアーヴァルノーヴ王国の首都。学園内にもそれなりに娯楽施設やら店はあるが、やはり休日は首都まで出かける生徒が多い。
「悪くないな」
「いいよ。久し振りだね」
文句なしの全会一致。浩介は満足したように再び箸を持つと、あっという間に冷やしうどんを平らげる。
その後も適当に何やかんやと雑談をしていたが(ちなみに話を振るのはほとんど浩介だ)、流石に夜遅くなったのに気付くと、食堂を出ることにする。寮は3つの建物に分かれ、食堂や店が入っていて寮の入口を果たす共同棟と、男子棟と女子棟に分かれている。だから、明菜とはすぐに別れることになる。
「私、こっちだから。浩介、憂作、じゃあね」
そう言いながら女子棟へ戻っていく彼女を2人で見送る。それから浩介は、男子棟の方へと歩き出しながら尋ねた。
「明菜の言ってたことは本当かな……?」
いまいち心配そうな浩介に、憂作はいつもと変わらない口調で答える。
「俺が判断する限りでは嘘を言ってる様子は無い。ただ明菜が本気で嘘をついたなら、見抜けないだろうが」
その言葉に、浩介は確認するようにゆっくりと頷く。表情は少しばかり苦々しい。
「俺達はともかくとして、明菜のことを考えると、ここから連れ出したくなるよ」
ぼそりと呟く。憂作はこの絶望的な考えに対して同意を示した。
「その時は俺にも声をかけてくれ」
そんな下らない話も憂作の部屋の前にさしかかって終わりを告げる。
「じゃあ、また明日」
いつも見慣れた横顔を眺めつつ浩介が別れを告げると、憂作は軽く会釈して部屋へと戻った。
自室へ歩きながら色んなことを考えようとする。明菜と憂作のこと、「ファーイースト」のこと。ついでに自らの夜練や明日の授業のこと。だが疲労した頭ではろくに考えられない。諦めて、ただひたすら無人の廊下を進むしかなかった。
浩介はようやく自室に辿りつくと荷物を放り出してベッドに飛び込む。疲れのせいかそのまま泥のように眠りこんだ。